1. Dialogue cafe
  2. #58-1 サトマキ登場!時は2000..
2024-10-16 32:35

#58-1 サトマキ登場!時は2000年代、踊るビットバレー【チアしたいマン ゲスト:iSGS代表パートナー 佐藤真希子さん】

▼内容:
日本を代表する女性ベンチャーキャピタリスト/業界きってのパワーファミリー/女子大からサイバーエージェント新卒第1期/ガンガン売るぜ!インターネット広告黎明期/マネジメントって難しい/サトマキのやりたいことはVCなんじゃね?

▼出演:
ゲスト
佐藤真希子さん(iSGS代表パートナー、3児の母)
iSGS インベストメントワークス

MC
田中優子(元クラウドワークス取締役、ビジネスアドバイザー、社外取締役、1児の母)
岡澤陽子(ブランドコンサルタント、戦略リサーチャー、ビジネスメンター、2児の母)

▼関連エピソード:
#27-1 成田修造、クラウドワークス卒業後の今とこれから
#28-1 バリキャリママが苦悩の末に起業!かっこつけてられない超かっこいい怒涛の10年
#37 起業するために生まれた!見切り発車は才能です
#42-1 世界初!お〇らしから始まる排泄予測デバイス開発ストーリー
#55-1 共同代表・女性3人の挑戦!社会を潤す「お互い様」精神

▼番組への質問・感想はこちらまで


Summary

エピソードには佐藤真希子さんが登場し、2000年代のベンチャーキャピタルの現状や自身のキャリアについてお話しされています。彼女は夫との出会いや家族としてのマネジメントについても触れ、スタートアップ業界における女性の役割に焦点を当てています。2000年代初頭のインターネット業界を背景に、佐藤真希子さんはサイバーエージェントでの営業やマネジメントの経験をお話しされます。当時の広告マーケティングの変遷や競争の厳しさを振り返りつつ、パートナーシップの重要性についても言及されています。2000年代の日本における女性管理職の現状やマネジメントスタイルの課題について、佐藤真希子さんは深く語られています。また、就職後のキャリアチェンジや子会社での経験から得た気づきもシェアされています。

佐藤真希子の紹介
Speaker 1
Dialogue cafe 筋書きのない会話から、新しいアイディアと自分自身に出会う場所。この番組は様々なテーマで楽しみながらお届けします。
今日もゲストをお呼びしているんですけど、またね、Wikipediaに名前あるよね?
あるある。
あるある。Wikipediaに名前ある人がまたゲストに来てくださいました。佐藤真希さんです。
Speaker 2
初めまして。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
Speaker 1
佐藤真希子さんですね。
佐藤真希子さんです。
佐藤真希子さんです。
女性ベンチャー・キャピタリストって少ない中で、
Speaker 2
少ないですね。
Speaker 1
結構ね、女性のベンチャー・キャピタリストって言うと名前が結構筆頭に出てくるぐらい、
まあまあ存在感ありますよね。
Speaker 2
ニッチな時からね。
Speaker 1
ニッチな時から。
でもVC歴どれくらい?
Speaker 2
17年。
Speaker 1
17年?
すごい。
Speaker 2
独立したのが2016年だから、そこから今8年目かな。
Speaker 1
だいぶね。だいぶ経つね。
そうですよ。VCのパートナーをやってらっしゃいます。
佐藤真希さんとは私は、旦那さんがね。
スペースマーケットの社長さん、重松さんで。
はい、そうです。
私はスペースマーケットの社外役員をさせていただいています。
ありがとうございます。
もう6年かな?それくらいやってる。6、7年やってるんで。
旦那さんの方が付き合いが長くて、結構前から知ってる。
旦那さんはもう本当に古い。
20代か。
20代、25くらいから知ってて。
全然、重松さんがNTTのサラリーマンだった時から。
ダメリーマンだった時代ね。
頃から知ってて、重松さんがNTT辞めて、
フォトクリエイトっていうベンチャーに転職して、
ちょうどその頃かな?に、里巻さんは重松さんと知り合ってるのかな?
Speaker 2
そう、ちょうどNTTからフォトクリエイトに1月の1日に転職するよっていう前日くらいかな?に、
飲み会をやった時の二次会に重松が来て、
夫との出会い
Speaker 2
フォトクリエイトの社長だった白政さんって創業者は、
NTTサイバーエージェント、サイバーの子会社をやって起業したっていう人で、
私チアやってたから、フォトクリエイトのビジネスって、
スポーツイベントとかに行って、プロカメラマンが写真撮って、
それをインターネットで売るっていうビジネスで、
Speaker 1
チアやってたから、むちゃくちゃ売れるの分かってて。
Speaker 2
自分も撮ってほしかったけど、大体撮るとブレッブレなの、写真が。
ほしかったなって思って、たまたま二次会で彼が来て、
フォトクリエイトに転職するんだって言って、
だったら、フォトクリエイトは白政さんの会社だし、
絶対チア営業した方がいいよっていう話をして、
1月に彼が転職して、しばらくしたらチア協会を落としてきたよって知って、
で、おーってなって、やるねーみたいになって。
Speaker 1
そういう出会い?
Speaker 2
で、MSNメッセンジャーで、こっち仕事すごいしって言ったら、
向こうもさ、今オンラインです。
しぎまつくんオンラインです。
Speaker 1
オンラインです。
お、なんか仕事してるぞーみたいな。
Speaker 2
それピョーンみたいな感じで、
しぎまつさんの誕生日が近いですみたいに来て、
ガハッと思って、それに私がメッセンジャー送って、
お祝いしてあげるって言って。
Speaker 1
それはちょっと最初から狙ってたんじゃないですか。
そんなんじゃない。
でも旦那さん大好きでしょ。
Speaker 2
大好き、大好き。
Speaker 1
未だに。
Speaker 2
結婚何年ですか?
何年だろう。
2008とか2007とかじゃないの?結婚したの。
だから17年とか。
2000年代のIT業界
Speaker 2
VCとあんま変わらないぐらいじゃない?
もう長いね。
長いね。
Speaker 1
長いですよ。
でもまだ大好き。旦那さん大好き。
それは右翼屈折あるよ。
そんなんあるさ。
お子さん3人もいらっしゃるからね。
今さとまきさんといえばチームしげまつっていうフレーズでね。
家族をチームとして。
マネジメントしてる。
してないんだけどね。
Speaker 2
何にもしてないけど。
そうそうチームしげまつって言ってんの。
Speaker 1
そういう意味ではね、
スタートアップ界隈でも有名なカップルというか、
有名な家族。
カワー、ファミリー、カワーカップルだよね。
Speaker 2
そうそうそう。
Speaker 1
じゃあしげまつさんと知り合った時は、
Speaker 2
もうサイバーでVCの事業をやってたんですか?
ちょうど私も、あれなんじゃないかな、
VC2006年からだから、
Speaker 1
でもだから出会った時くらいにはVCになってたばっかりだったかもしれないね。
Speaker 2
新卒からサイバー?
2000年の新卒で、
98年の3月にできた会社なんでね。
99年にもう内定もらってて、
2000年の4月に入った時は3月に上場してて、
だからできて2年で上場した会社なんだけど、
大赤字で、
あの時マザーズができたばっかりだったでしょ、今のグロス市場が。
1000億以上の株からついて、
すごい資金調達できて、
あの時藤田さんって結構最年少上場ぐらいだったから、
一斉風靡してっていう感じだったと思うんですけど、
Speaker 1
その後、ITバブル崩壊して大変だったっていう感じだった。
なるほど。
でも当時、2000年入社ぐらい?
Speaker 2
2000年の4月。
Speaker 1
その頃に、創業2年目の、
まだ上場もしてない会社に就職するってこと自体、
超レアな選択肢だったんじゃないかと思うんですけど、
それってどうやってサイバーと出会い、
なぜそういうベンチャーが良かったって、
ベンチャーっていうのは。
Speaker 2
ていうかね、もうあれだよ。
超氷河期だったんだよ。2000年が。
女子大で、収録してる場所の近くにある女子大だったんだけど、
はがき送っても、はがきだよ。
はがき、全然返ってこなかったの。
で、うちの女子大はどっちかっていうと、
銀行の一般職とキャビンアテンダントとか、
そういうのがすごい多かった。
サービス票とかホテルとか。
そういうイメージ。
Speaker 1
イメージあるよね。
Speaker 2
で、そういうのがのきなみ全部なくなり、
銀行は一般職あったんだけど、通るわけないじゃない。
SPIでだいたい落ちるわけ。
適正で落ちるよね。
で、全然ないなーとか思って。
で、なんか私業界、業種どこでもよかったから、
とにかくなんかもう、みんなで働いて、
みんなで一つのことを成し遂げてみたいな、
そういう業界がよかった。
熱い人たちがいる業界がよかった。
で、友達とかに、はがき送っても返ってこないから、
どこが熱いの?とかって聞いたら、
Speaker 1
当時はインテリジェンスって、今のパンソルだよね。
Speaker 2
が、熱いよって言われてて、
行ったらもう超働いてる人たち、
みんなかっこよくてキラキラしてて、
なんか私たち誇り持ってますみたいな。
まだ未成長だったよね、インテリジェンスの。
で、かっこいいと思って、ここで働こうって思って、
馬車馬のように働きます!とか言ってたんだけど、
最後やっぱ当時、女子大からすると無名だったから、
まあ失礼な話だけどね。
なんか最後迷いが出ちゃって。
で、最終メッセージ落ちて、
どうしようかな、もう行くことなくなっちゃったな、
やりたいこともないな、と思ってた時に、
たまたまリクルートブックだよね。
今でこそ。
で、見てたら、インテリジェンス出身の2人が作った
インターネット広告の会社が出てて、
当時はサイバークリックっていう、
クリック保証型のバナー広告って書いてあった。
Speaker 1
全部が意味がわからなかった。
クリック保証もわからないし、
Speaker 2
バナー広告もわからないし、
なんだかよくわかんないんだけど、
当時表参道の入木ビルって今ももちろんあるんだけど、
今だとアニベルセルカフェとかあるじゃん。
あそこの横に細いビルがある。
あそこに入ってて、
なんか表参道だし、遊びのついでに受けてみようかなって
入って、受けたら受かったから、
そこだけしか泣いてもらってないの。
サイバーエージェントしか泣いてもらってないの。
で、本当になんか受かる気も全然ないし、
やる気もないかんじで、
なんなら履歴書に写真も貼らないで行っちゃったぐらいの感じで、
なめくさってたんだけど、
まあなんか、そうだね。
奇跡的に泣いていただいたっていう。
Speaker 1
新卒第1号ぐらいですか?
Speaker 2
そう。渋谷の社長の告白っていう藤田さんの本があるんだけど、
あそこに本当は新卒1期生が出てくるんだけど、
もうアルバイトしてる子たちがそのまま入ったっていうゼロがいて、
ちゃんとリクルートとかに広告を出して取ったっていうのが私たちの1期になってる。
Speaker 1
何人ぐらいだったんですか?
Speaker 2
結構多かったよ。20人ぐらいいて、
これもなんか、私17年VCやってて、
未だに見たことないなと思うんだけど、
会社できて1年目で、大阪と東京合わせて25人の会社、
20人ぐらいの会社が25人に内定出すって。
Speaker 1
既存社員より多く取っちゃうみたいな。
それはマネジメントとかいろいろ考えたらなかなかに大変な。
Speaker 2
内定出して、私が入社したのが4月でしょ?
私94番だったから、半年で、
あ、てか1年ぐらいで70人ぐらい増えてるってことだった。
Speaker 1
なるほど。
Speaker 2
そっから毎月30人とかどんどん入ってくる。
もうちょっとわけわかんない感じだね。
Speaker 1
それは崩壊するよね。
Speaker 2
バブルも崩壊したけど、
組織もね。
Speaker 1
クラウドワークスもね、社員100人ぐらいしかいないときに新卒30人取って、
まあまあ崩壊しましたよ。
その後地獄でしたよ。
本当に。
100人で30人取っても大変なのに、
20数人で25人。
だから信じられないね。
Speaker 2
まあまだ市場もなかったし、
インターネット広告っていう市場もなかったし、
まだ会社もさ、よくわかってなかったんじゃない?
多分。
Speaker 1
でもまあ、
本当にインターネット黎明期って日本では、
だからここは張っていくんだみたいな
強い意志がやっぱり藤田さんにはあったと思うんですよね。
Speaker 2
そうだよね。藤田さんにはあった。
Speaker 1
だからめっちゃ赤字出して、
Speaker 2
人をいっぱい採用してみたいな感じだったわけじゃないですか。
まあ営業会社だもんね。
でも、そうだよね。
あれ、サイバークリックってさ、
もともとはさ、
ダブルクリックで海外のやつを持ってきて、
それを代理販売するみたいな感じだったけど、
なかなかこう、利益は他社のものを売っててもしょうがないからって、
自社で開発するんだけどさ、
だいたい失敗するじゃない?
で、ニッチもサッチもいかなくなったときに堀江さんがさ、
オンザエッジって会社で、
じゃあ僕たちシステム作ってあげるよみたいな感じで、
バーって作ってくれて、
それを私たちが売るっていう感じでレベニューだったんだよね。
そういう感じだったんだ。
だから今から考えるとすごいんだけどさ、
1クリック80円で売ってたからね。
クリック保証型のバナーコークスって。
こんな絵だよ。
Speaker 1
1クリックしたら80円。
やばくない?
Speaker 2
それでも、1000クリックとか言って80万とかで売ってた。
2000年代のインターネット業界
Speaker 2
売れてたんですか?
Speaker 1
だから上場したんだよね。
本当にね、走りの最初の。
Speaker 2
当時ってさ、今の若い人は分かんないかもしれないけどさ、
Speaker 1
検索エンジンがそもそもあんまなかったでしょ?
Speaker 2
確かに。
Speaker 1
グーってあったよね。
Speaker 2
グーあったな。
Speaker 1
NTD。
グーって結構使ってた時期あるよ。
Speaker 2
ニフティとかプロバイダーとかにピーヒョロローってアクセスすると
ダイアラップで画面が出てくるとポータルサイトっていうか
Speaker 1
ニフティとかのトップページが出てきて
ビッグローバーあった。
ニフティ。
OCNとかもあったよね。
Speaker 2
それでカテゴリーで入ってくる。
当時のヤフーってカテゴリー検索だったから
人間が登録してたんだよね。
全部どのカテゴリーかは人間がやってた。
でもホームページってすごい深いでしょ?
だからわからないよね。
だから適当だよね。
Speaker 1
確かに。
Speaker 2
みんな当時はホームページ作らなきゃいけないって言って
ホームページ作るんだけど
検索エンジンもないし流入がないわけよ。
だからお前ら400万とか作って
ホームページ作ったのに何のアクセスもないじゃないかって
言われたら嫌じゃん。
検索エンジンに登録するけど
ヤフーとかは主導だから
ずっとすごい困ってるから
全然登録されないでしょ?
これ困ったなって言って
そこにいいものがありますよって言って
1000クリックって言ったら
少なくとも24時間以上以内の
同一IPアドレスからのアクセスは
1としてカウントして
1000人とは言わないけど
800人くらいは
御社のサイトに来ますよっていう営業してたの。
大企業による?
結構そこで行くと
当時はインターネットは
コンプレックス丸業との相性がいいから
やっぱり
コンプレックス系よ
Speaker 1
ダイエットとかさ
あとはさ
カツラとかさ
Speaker 2
健康
まだ薬事法とかもそんなにないし
厳しくなかったし
本当にいろんなところ行ったよ
Speaker 1
やばかった
Speaker 2
やばいのいっぱいあった
Speaker 1
だって
Speaker 2
パワーポイント使ったことなかったもん
Speaker 1
サイバーに入って
Speaker 2
そもそもパワーポイントないよね
Speaker 1
みんなそんなに使ってなかったんじゃない?
Excelもさ
Excelは使ってた
Speaker 2
使ってたけどね
Speaker 1
私国文学科だったもん
私も大学時代は全く
学生時代はね
必修じゃなかった
パソコン使うの
Speaker 2
卒論手書きだったし
だって国文だもん
Speaker 1
手書き?
Speaker 2
国文だから
99年まで
Speaker 1
ワープロも使わない
ワープロ使ってないけど
ワープロで簡熱師とか
そうそうそう簡熱師
Speaker 2
ここ何歳違う?
Speaker 1
同じ子
2個生んだでしょ
私はだから
99で入社
私一郎だから
Speaker 2
そこで
Speaker 1
ほぼ同じ
でも
Speaker 2
サイバーに入社して勢いよと
誰も何も教えてくれないし
売り方も教えてくれないし
みんな必死だから
何も教えてくれない
仕事もしょうがないから
パワーポイントとかで資料作ろうと思うんだけど
Excelでさ
80円
80万って書いて
税込みって書くじゃん
今だけびっくりするんだけどさ
貼り付けるんだよね
そのまま貼り付けるとさ
なぜか消えちゃう
Excelをさ
図として貼り付けるんだったら
そのままなんだけど
なんだろコピペして
リンクで貼っちゃうと
Speaker 1
計算式が
Speaker 2
80万円の
そこが消えてて
なんで消えんの?
今だったらGoogle先生でシュッて分かるのに
誰も教えてくれないから
Speaker 1
ずっと分かんないの
Speaker 2
ちょっと何とかさ教えてください
とか言われて
ずっと分かんないみたいな
資料とか作り方も誰も教えてくれないから
一生懸命作るじゃん
次の日の朝さ一生懸命印刷してさ
上司のところに持って行って
これで営業に行きます
いらねえいらねえ
Speaker 1
怖っ
Speaker 2
やばいね
Speaker 1
今はそんなこと言えない
カットカット
営業からマネジメントへの道
Speaker 2
すごい時代だったよね
Speaker 1
最初はずっと営業
そう
それだけ組織が大きくなると
社会人1年目2年目とかでも
割といろいろ任せられちゃいますよね
そうだね
割とマネージャーになったら
早かった
早かったと思う
Speaker 2
何年くらい
2年目
違うな
Speaker 1
3年目くらいかな
Speaker 2
2年ちょっと
半年くらい全く営業できなくて
いや違うな
でも途中くらいから
すごい営業めちゃくちゃできるようになって
ずっとMVP取ってて
Speaker 1
何がそこまで
きっかけは
Speaker 2
なんか
なんだろう
なんだろうね
とある人材会社に営業行った時に
当時はね
サイバークリックだけじゃなくて
メールマガジンの広告も売り始めてたの
そのクライアントさんは
これから上場するって感じで
めちゃくちゃ広告を出してたんだけど
私が一生懸命に
その人のこと考えて
その人が喜ぶことを
いっぱい情報として送ったりとか
取引してもらえなくても
そうしたら
佐藤真樹さんは
僕のパートナーだから
発注するねっていうところから始まって
やっぱり仕事は業者って
思ってる人たくさんいるけど
僕は大切なパートナー
自分たちを成功させてくれるために
必要なパートナーだから
有益な情報も欲しいし
そういう人たちがウィンウィンになるように
仕事を発注するし
やるんだよみたいなことを
言われて
人生でこの人新卒なのに
パートナーって認めてくれたんだと思って
それが嬉しくて
こういうことやってると
認められるんだって思って
それを
どんどんやり始めたら
自分を売るわけじゃないけど
結果的に
売り上げがどんどん伸びていくみたいな
Speaker 1
感じとか
Speaker 2
最初に問い合わせで
行ったお客さんが
何の広告をやってもいいか
とりあえずこれはやらないほうがいい
これはやったほうがいい
これは効果出ると思う
最適なプランとか提案するわけ
そしたらめっちゃ伸びたわけ
そしたら最初
15万くらいだったけど
最後当時ね
2003年くらいだよ
月3000万くらい
今はもうへでもないよ
リスティングとかで一発じゃん
だけど当時は
そうだね
4000万とか
やったの
あまりにも儲かりすぎたみたいで
国税入ったもんね
Speaker 1
そうなんだ
Speaker 2
びっくりした
Speaker 1
4000万月売ったら
年間5億だからね
結構な
Speaker 2
売り上げになりますよね
でもそのままやってたら
やっぱり
それ売ってるだけだったらトップ営業でいいんだけど
当時ね
ちょうどヤフーとかが
まさに出てきて
広告を
売り始めたの
ヤフーの広告ってすごい高くて
効果が悪いって感じだったんだけど
すんごい広告を出してきたわけですよ
それは
動作完了後画面っていう
広告商品で
人はさ
メールを送った後とかって
何かの動作を完了した後って
ちょっと次に何するかって
一瞬迷ったりするけど
ふーってなるじゃん
その時に全画面ぐらいのデカさで
広告を出すっていうのを
ヤフーが開発したわけ
ラージレフタングルって懐かしい
で、動作完了後画面の
でっかいバナーで
そしたらさ
見ざるを得ないしさ
Speaker 1
クリックしちゃうじゃん間違って
Speaker 2
今もさ
Speaker 1
あるよね
Speaker 2
いちいち出てくるみたいな
ミラッとする
ああいう感じ
でもあれすごいコンバージョンいいんだよ
しかもさ
やっぱり×を間違ってさ
Speaker 1
おっしゃったりするから
Speaker 2
結構飛ぶじゃない
飛ぶとさ
見たくないのに見てたら
ランディングページ次第って
買っちゃったりとかもあるわけ
いいか悪いかが別としてね
ヤフーでそういうのがあって
それを他社がむちゃくちゃ売り始めた
で、競合が
で、サイバーは
そんな新しいものは売らなくても
自社とかメールマガジンとかでいいよ
みたいな感じだった
とられて
これはヤバいってなって
何とかしなきゃいけないやろって思って
勉強会やったりとか
自分がもちろん売って
その事例をみんなで共有して
組織のために動き始めたわけよ
そしたらそういう動きこそが
リーダーの役割だよねみたいな感じになり
あいつなんか
佐藤自分だけじゃなくて会社のこととかも
考えて動き始めたなと
なんか一歩上がったな上が
Speaker 1
目線がね
Speaker 2
マネージャーにならないかって言われて
マネージャーになったんだけど
2年くらい間
マネージメントってされたことないかった
だからどうしていいか分かんない
特に女性のマネージメントって
誰もいなかったし
私一番最初は
営業部門だと
ほんと分かんなくて
マジでやばかった
人生で最高に悩んだ
未だにだから人をマネージメントするの
超苦手意識あるのはそれかも
Speaker 1
その時何人くらいの
チームリーダーになったんですか?
Speaker 2
え?
何人だろう?6人くらいはいるんじゃない?
Speaker 1
8人とか
Speaker 2
もちろん達成するんだけど
自分も数字持ってるし
メンバーも見なきゃいけないし
自分の目標も達成しなきゃいけないし
いっぱいいっぱいだったよね
でさ、なんか
当時本当にサイバーって無茶苦茶飲んでたから
営業会社で
男の人と同じマネージメントすればいいんだと思って
とにかく飲む
何かあったら
私がケツ吹くから打ってこいみたいな
何かあったら言ってくれみたいな
よしやったーみたいな感じで
Speaker 1
握手するみたいなさ
Speaker 2
違うのにね
メンバーは女性も結構多かったんですか?
いたいた!もちろんさ
後輩とかが新卒とかでもいっぱい入ってくるでしょ
そうだね
すごい失敗したのいっぱいあるよ
Speaker 1
泣かれたりとか
ちょっとじゃあメンバーは
そのノリについていけませんみたいなのも
Speaker 2
そういうのもあるよね
良かれと思って行ったことで泣いちゃったりとかね
Speaker 1
あるよね
辛いね
Speaker 2
そうよ
女性のマネージメントって
本当に分からなかったから
各社
今みんな
自分がマネージメントする側になって
パートナーシップの重要性
Speaker 2
みんな悩んでるでしょ
あとは自分よりも
年上の人をマネージメントしなきゃいけないってなった時に
どうしたらいいか分からないとか
Speaker 1
結構悩み相談くるでしょ
ありますよ
私は決して得意じゃないから
なかなか難しいなと
そんなにアドバイスできるような
立場じゃないなと思うんだけど
別に男女関わらず
マネージメントってやっぱ
難しいしプレイヤーでやってきた時とは
またちょっと違うからね
全然違う
一人一人また違うし
自分はこうしてほしかったかもしれないけど
他の人はまた違ったり
世代もあるし
Speaker 2
やっぱその辺難しいですよね
今さ女性管理職
全然増えないじゃん
すっごい相談きってさ
やっぱりこう
私もメンタリングとかするの大企業の
次の幹部生
Speaker 1
女性とかもね
Speaker 2
なんでこんなにみんな
辛そうなんだろうなってちょっと思うぐらい
Speaker 1
悩んでるよね
マネージメントのスタイルが
やっぱり
どうしたらいいか分からないっていう
そういうことでの悩みっていう
Speaker 2
あとね
やっぱ
マネージメントをやる時にさ
子育てとかもあってさ
プライベートもさ
ちゃんとやらなきゃいけないとか
会社としてミッションも結構背負ってるとかさ
期待されてるとか
でも部下からも
いろんなものを背負いすぎて
いっぱいいっぱいになってるケースもあるし
あとやっぱり
なんだろう
私がこの間受けた大企業の女性幹部は
なんか
自分が夜とか飲み会とか
行けないじゃない子育てしてるから
行かなくていいじゃんって思ったんだけど
行かないことで
メンバーたちはみんなで飲みに行ってて
自分の知らないところで
いろんなことが決まってたり
話が進んでたりとかして
Speaker 1
なにこれみたいな
Speaker 2
なんなんだろうな
疎外感と
どこまで踏み込んでいいのか分かんないし
その距離感にすごい悩んでたって
Speaker 1
それはね
ある?
大企業は最初の課長が
それこそ
会社名でも違うけど
30の半ば
30前半とか半ばぐらいが
最初のマネージャーだから
本当にライフスタイルの変化と
一番被るっていうか
そうだよね
子供もまだ小さいし
そうするとなかなか夜も行けないし
まだまだ女性少ない会社も多い中で
男性たちが
管理職仲間みたいな感じで
飲みに行ってるところで
いろいろ決められちゃったりとかすると
やっぱりなんか
疎外感は
すごく感じると
そこはすごく難しいし
しかも男性は全く悪意なく
悪意なく
今までと同じノリで
いろいろ話したいし
仲良くなりたいし
って言ってるだけで
しかもそこで
決めようと思ってるわけでもなく
理論の中でなんとなく決まっちゃった
ノリとかもあったりすると
本当に悪意がないから
それが女性に
疎外感を与えるからって
飲みに行くの禁止っていうわけにもいかない
それも
どうなのっていう感じがするもんね
難しいよね
子会社での経験
Speaker 1
そこは難しいな
あともう一つ
私もメンターをやってて
女性管理職のメンテを
持つんだけど
最初のマネージャーの人が
担当から
マネージメントに
頭の切り替えをするのに
初年度みんな苦しむ感じが
Speaker 2
すごくある
みんなプレイヤー好きなんだよね
Speaker 1
女の人はプレイヤーが好きなの
プレイヤーとして
しかも結構細かく
丁寧に
それこそ完璧に
やろうとしてきてるから
その緻密さで
マネージメントは絶対に無理なんだけど
範囲がめちゃめちゃ大きくなるから
っていうので
まずそこでちょっと破綻が来るのと
どこまで細かくチームの仕事を
見るのかみたいな
みんなそこに一回
引っかかってる感じが
Speaker 2
あるね
Speaker 1
そこが一旦
手放せたり任せたり
みたいなのに
シフトするとだいぶ楽になる
そうだね
さとまきさんはマネージャーで
結構本人的にも
難しいなって感じて
そこから
それは抜けたのか
それとも結構悩ましいなって思ったまま
ジョブチェンジになったのか
Speaker 2
そこでいくと
広告事業本部の
マネージメント2年やった時に
その時の局長って
言われてる上司から
このままやってもちょっと
このままここにいてもちょっと無理かも
って言われて
プレイヤーに一回戻るか
どうするか私も苦しかったから
逆に言ってくれてありがたかったんだけど
Speaker 1
それ何年くらいやって?
Speaker 2
2年やって
広告部門に5年半いたんだけど
そのうちの2年は
マネージメントやってて
それなりに達成もしたりとかしてたけど
なんかあんまりよく分からなかった
とにかく悩んで
じゃあ一回
プレイヤーに戻るってなったらやっぱり
また広告部門の中で
またプレイヤーに戻るってまたちょっと
違うのと
扱いづらいじゃない?やっぱ
そういう意味でマネージャーになった人の
部下にまたこう
だからなんか
部下変えた方がいいかなと思って
子会社の方に行った
子会社に行ったんだけど
なんか
メディア事業の広告を売るとか
新規事業やるって
しかもグループ会社の一つだから
そんなに予算があるわけじゃないし
給料もダーン下がって
やっぱりサイバーの広告部門って
クライアントを成功させるために
いろんな戦略考えたりとか
広告のクリエイティブ
クリエイティブ考えたりとか
いろんなことやってたけど
このメディアをどう売るか
みたいなだけだとものすごい狭くなってて
なんかもうまたサイバークリックみたいなやつ
売ったわけよ
Speaker 1
ウェディングクリックってやつ
Speaker 2
また1クリックいくらですっていうのやってて
もうなんか
Speaker 1
テープレコーダーみたいな感じになって
Speaker 2
新規事業ももちろん提案するんだけど
これ子会社あるあるだと思うんだけど
なんかさ
やっぱり
大企業の子会社って
やっぱりアマターある子会社の中の
一つだからそんなに
予算ってないし
人もそれだけ避けるわけでもないから
やっぱりパワーが
弱くなるよね
だからリクルートってすごいなって思うのは
どのメディアもナンバーワン最強だったじゃん
で今もサイバーエージェントってそういう感じになってるかもしれない
当時は
あんまりそうじゃなかった
やっぱサイバーのさ
メルカリみたいな
パシャオクっていうサイトも
アプリ競争がわーってあった時に
メルカリは単体で
ベンチャーでやってすごい資金調達して
最強の人材を集めてあそこまで成功したけど
やっぱりバンドムゼムだと
なかなか予算が厚くない
っていうそういう問題とかも
子会社にいてすごいよくわかったし
やっぱりなんか文化全然
違うなーって思って
Speaker 1
で転職しようと思ったんだよね
VCへのキャリアの変化
Speaker 2
1年ぐらい
1年ぐらいでもうちょっとやだなと思って
もうやめようってサイバー大好きだけど
もういいやって思って
サイバーみたいな会社をもうちょっと
作れればいいやって思って
転職活動をしてた時に
自分を
もう佐藤このままマネジメント無理だよって
言ったサイバーバズって会社の
社長の高村さんが
なんか佐藤のやりたいことVCじゃね?
って言われて
Speaker 1
でVCに行ったって感じ
なんかVCの話は
2本目にしようかなと思うんですけど
佐藤さんはね
さっきチラッと出たけど
チアをやって
大学時代ね
Speaker 2
すんごい弱かったけどね
Speaker 1
体がすんごい固くてね
チアリーディング?
リーディングの子?
だからその辺の応援するのが
好きっていうのは
これちょっとキーワードになるんで
次回その話を掘り下げたいなと思います
Speaker 2
はい、ありがとうございました
32:35

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