2021-11-02 12:07

年齢の話

年齢ってノートパソコンの筐体みたいなもの。同じ年齢でもスペックやOSは違うし、中身は別もの。年齢で分類するのって、ペルソナ設定では重要視するけど、自分で自分を仕分けするのは意味ないかなと思います
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こんにちは、IKUKO Laboです。
11月2日火曜日になりました。
今日はかなり早起きをしたので、今午前8時です。
9時半ぐらいからちょっとね、出かけるとこがあるんで、
全体に早めに動いてるっていう感じです。
今日はちょっと年齢について思うことがあったので、お話ししてみようかと思います。
ご存知のように、現在私61歳になりまして、去年60歳になったわけなんですけれど、
60歳といえば、寒暦、赤いちゃんちゃん子っていうイメージですよね。
うち、実は寒暦とか、後期記事とかの年祝いってまとめて言うんですけど、
それ用の筆文字の額を商品として販売しているっていう、
そういうウェブショップを長く担当しておりまして、
現在も引き続き販売はしているんですけれども、
自分が50歳ぐらいの時にそのウェブショップを本格的にやっていくってなりまして、
それから5、6年の間は一生懸命SEOをやっていたんですね。
SEOっていうのは、特定のキーワードでGoogleの検索結果の中で上位に表示されるためのいろんな施策を言います。
ですから、うちの場合は、筆文字がどうのこうのとか書道がどうのこうのっていうよりも、
用途、つまり寒暦、後期記事、贈り物、プレゼント、記念品、もちろん結婚とかそういうのもありますけど、
そういった記念日にまつわるキーワードをターゲットして、
それをブログとか商品説明の中にたくさん書き込んで、
そのキーワードの出現率っていうものを高めて原作にかけていくっていうことをしていたんですね。
そのために結構、いわゆるペルソナ設定っていうんでしょうか、
60歳の人にこういう額を贈りたいと思っているような人たちってどんな人たちだろうって言うと、
逆算して30代後半ぐらいの男女ですね。
その人たちがお父さんお母さんの寒暦祝いにこれを贈るだろうと。
お祝いにそういった筆文字の額を贈ろうっていう人たちってどんな人たちだろうって言うと、
国民全体を思い浮かべていただいてもそんなに世話は多くないと。
普通だって物を贈るじゃないですか。
記念、何かな寒暦といえば。
でも普通に食事に行ったりとか、ちょっとしたお着物とかね。
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男の人であればお財布だったりとかわかんないけど、
実用品に近いようなものを贈る場合が多いんじゃないかと思います。
お花とかと一緒にね。
でもその中で思いを伝える言葉を筆文字で書いた手書きの額を贈ろうっていう人って
かなりこだわりのある人だと思うし、
あと言葉を贈りたいっていうのって純粋なタイプの人が多いかなとか。
いろんなことを想定したんですね。
実際にそれが合ってるかどうか確かめる術もないんですけど。
寒暦っていうキーワードはとても有名で、寒暦60歳ってみんな知ってますけど、
その上、後期期中、何だっけ、30、米中だったかな。
私でさえ忘れるぐらいに。
60の月が確か70、77、80、88っていう感じでお祝いがあるんですね。
70歳の後期、後期の需要がかなり高かったです。
それを過ぎると、70、80、後期、期中、期中も結構多いですね。
77、80っていうところが結構多いんですけど、
その後は減っていくんですけど、多分人口全体が減っているっていうか、
お亡くなりになるケースが多いのかななんて思いつつ。
最近では結構ね、金婚式とかそういうのもあるんですけど、
とにかくざっくりまとめますと、お年寄りっていう感じですね。
お年寄りのおじいちゃんおばあちゃんに、
子供とかあるいは孫の世代が贈る。
あるいはみんなで親戚一同からっていう形で贈る。
そんなイメージの期中、後期あたりが一番の売れ行きのいい記念日でした。
さて、自分がでもですね、打ち合わせのお祝いがあるんですね。
売れ行きのいい記念日でした。
さて、自分がでもですね、売っていたのは50から55、56までの間にいろいろ想定して、
もうその時点で、60歳の歓励を迎える人っていうのがすでにシニアっていうふうに認識してたんです、私自身がね。
今よく考えると自分との年齢差が5歳ぐらいしかないのに、
すごく年上な人っていうイメージを持ってSEOをしていたなっていうのを思い出すことができます。
自分が実際60歳になってみて感じたんですけど、全然59の時と変わらないですし、59は58と変わらないですし、
自分の意識的に60歳って特に変化はない感じだったんですよね。
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あっという間になってしまい、言葉のインパクト的に60とか歓励とか言われると、
本当に年寄りに入ったのかなっていうそんなイメージがあって、むちゃくちゃショックでした、実を言うと。
だけど、そういう自分の思い込み、自分の中で抱いていたイメージが60イコールシニア、もう年寄り。
っていうイメージと、それから自分が自分の中で感じている自分のセルフイメージがものすごい乖離があったっていうことなんですよね。
なので、去年から今年にかけてちょっとその辺でもやもやしたことが実はありましたね。
ところが、60の誕生日を迎えた去年の9月に腰痛が発症しまして、
これはジャズダンスの準備運動でストレッチをしているときにグイッと伸ばしたらピキッてなったっていう、そういう感じなんですね。
よく背中とかつりますよね、なんかウーンって伸びをしたらピキッて。
ああいう感じがお尻の腰っていうよりもお尻の上の方の筋肉の辺がピキッてなったんですね。
でもまあだからすぐ治るだろう。
今ちょっと猫が走っているので変な音がしてすいません。
何日か寝てお風呂でも入っておけば治るだろうっていう感じだったんです本当に。
ところが治らないってなって、一旦症候状態になったんですけど、12月寒くなると同時にまた再発して、
そしてもう一回ひどくひねったときに本格的に痛めてっていう感じで、
今年寝たきりになるみたいな、そういうことになったんですね。
腰痛で動けなくなるのは不幸なことではありますけれども、
これが要するに60歳になったっていうことの節目、
会社員とかじゃないので定年退職しませんし、このまま放っておいたらそのまんまの感じで、
ずっといっただろうと思われるんですけれども、
それを体の方からのメッセージとして、怪我みたいな形で動けなくするということで節目を作ってくれたのかなと。
今だいぶ動けるようになって、昨日もヒップホップの教室に行ってきたんですけれど、
そこでも年齢の話になってまして、自分ら年取っちゃってって言ってる人たちもいるんですけど、
自分ら年取っちゃってって言ってる人たちみんな30代なわけですよ。
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私の子供くらいの年ですよね。
でもほら、ダンスの世界って10代からやってますので、
30って言うともう、ああ、おじさんだねみたいなふうに言われることも多いんだと思います。
でもあまりの話に入っていけなくて、そこで私60だよとかって言っても、
あんまり意味がないというか、話の盛り上がりに水をさすだけだったので、何も言わなかったんですけど、
でも、実際30代でおじさんおばさんになっても、そのまま人生は続いていくので、
何にも悪いことしなくても、運動をサボったりとか、そのことしなくても年は取っていくんですよね。
してもしなくてもね。
努力していても、努力していなくても、同じように年齢というのは過ぎていきます。
40代、50代になって、60代、70代もなっていくんだと思います。
そこで年齢で分けていくことって何か意味があるかなって。
みんなにおじさんだ、おばさんだって思われ、
自分もそういうふうに思うっていうところにあんまり意味がないような気がして、
自分もみんなに言わせたら、おばあさんの部類にこれから入っていくんだと思うけれども、
みなさんが思うのは勝手だけれども、自分自身がもう私はおばあさんだからこれはやらないとかね、
そういうふうにする必要って全然ないし、
実際問題、体の状態とか、それから今までやってきたことのスキルの積み重ねとか、
そういうものって同じ60って言っても隣の60の人と全然違うじゃないですか。
中身が違うんですよね。
側は一緒でも、中身のOSが違うとか、スペックが違うとか、
外から見たらただ同じノートパソコンでもね、
実際は触ってみたら全然違うじゃないですか。
それと同じようなことで、年齢とかっていうのは側でしかないので、
外から見てどう見えるかっていうのは自分の目では本当には見えない。
ビデオを撮ったり鏡を映したりしたら見えるけれども、
それも一部のことであって、常に見てるわけじゃないので、
周りの人が私を見てどんな印象を受けるかっていうことは、
まあ操作しようがないですよね。
それ必要もないと思いますよね、芸能人とかじゃないのでね。
ただ、自分自身がその周りが見るイメージ、
60だからあなたはシニアでしょ、だからこうでしょみたいな、
そういう関連付け、ひも付け、イメージ、先入観みたいなものを、
私自身が自分に持つ必要は全然ないなっていうのを思ったりしました。
だからどうだっていう話ですけど、
とりあえず本日は以上です。
12:03
ありがとうございました。
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