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2024-08-26 12:33

高橋龍太郎コレクション 田名網敬一展 開発好明展に行った

高橋龍太郎コレクション

田名網敬一展

開発好明展

 

田名網敬一展↓

高橋龍太郎コレクションより、村上隆作品

開発好明展

 

Summary

高橋龍太郎コレクションと開発好明展が東京都現代美術館で開催されており、精神科医でコレクターの高橋龍太郎氏のアートが紹介されています。田名網敬一展の展示内容や彼の作品の独自性に触れながら、観覧者が参加できる新しい形の展示が楽しまれています。

高橋龍太郎展の紹介
はい、オンライン日本語教師の日記の声日記を久々にしたいと思います。
5月以来、声日記をやっていなかったんですけれども、
そうですね、久々に見たら、時々聞いてくれている人がいるっぽいので、
嬉しくなって、またやろうと思って始めました。
もうすでに2回ぐらい録音して、声が不鮮明だったり、音がちょっと悪くて、
2回同じテーマで撮り直して、3回目の録音になろうとしています。
タイトルに書いたように、高橋龍太郎コレクションと、
田名網敬一展と、それから開発好明展に行きましたので、その話をしたいと思います。
東京都現代美術館で現在、高橋龍太郎コレクションと開発好明展がやっていて、
国立新美術館で田名網敬一展がやっています。
じゃあ、高橋龍太郎展から話をしていきたいと思います。
高橋龍太郎さんは、僕は存在を知らなかったんですけれども、
精神科医としても有名な方で、現代アートのコレクターとしても有名らしいですね。
10年以上、日本放送のテレフォン人生相談もしている人だそうです。
精神科医としては、社会精神医学ということで、地域の共同体が崩壊した現代に、
親の子供への虐待とか、セクハラ、パワハラによる自殺など、
そういった現代的なテーマを専門にした精神科のお医者さんですね。
デイケアとか、訪問看護を中心とした地域精神医療のほか、
心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルスケアにも注力している。
その方面でもかなり有名な方だということは、美術展に行った後に知りました。
コレクターとしては、1990年ぐらいに、高橋クリニックを開設して、
デイケアなども作っていました。精神科デイケアを作っていて、
1997年に自社ビルに移転しました。
その頃ぐらいから、高橋コレクションと称されるアートコレクションを始めていて、
まずは、草間弥生さんの展示を見たときにすごく感動して、そこから始めたそうで、
横尾忠則さんとか、草間弥生さんとか、90年代の奈良義智さんとか、
会田誠さん、村上隆さん、東京都現代美術館のウェブサイトを見ると、
ずらーっと作家の名前が書いてあるんですけど、かなり網羅をしていて、
本当に最近の友沢こたおさんとかですね、赤ちゃんの人形にチューブがベチョーって付いてるような感じで、
すごいキッチュなんだけど残酷な感じがする、友沢こたおさんとかですね、
本当に最近の人まで網羅しているという感じですね。
あと、自分としておっと思ったのは、根本敬さんですね。
90年代のアクション系と言われるサブカルチャーの根本隆さんとか、
ボアダムスのEYヨさんの作品があったりとか、結構びっくりしたのと、
あと村上隆さんって日本の美術館であまり見ることが少ないなと思っていて、
こういうコレクション展でも、特に村上隆さんの作品も、
初期の1990年代中盤ぐらいの作品とかが結構あって、それは本当に面白かったと思います。
そういった日本の現代アートの、特に割と最近のもの、
80年代、90年代以降のものに興味がある人にはおすすめですね。
棚網敬市展の魅力
田名網敬一さんについて、これは国立新美術館でやってるんですけれども、
田名網敬一さんの美術展の隣で、メインの展示として、
女性の漫画家集団のCLAMP展というのがやっていて、
クランプ展はめっちゃくちゃ人が入っていて、すごい並んでいてびっくりしました。
田名網敬一さんもそれに負けず劣らずの、物量ですごく充実しているというか、
ほとんど集大成のような展示でした。
田名網敬一さんはこの展示が始まってから、
本当につい最近、8月9日に亡くなりました。
展示に行くとわかるんですけれども、
去年とか一昨年ぐらいの作品の展示もしてあって、
本当に1936年に生まれて88歳で亡くなる直前ぐらいまで、
ずっと手を動かしていた人の集大成的な展示で、本当にびっくりしました。
田名網敬一さんは見てみるとわかると思うんですけれども、
色使いがカラフルで、1960年ぐらいから、
略歴を見てみると1936年に生まれて、
子供の時に漫画家になりたいと思って、
原一司さんという人のアトリエに出入りして漫画家を目指して、
それからプロのアーティストになるべく武蔵美に入るのが1950年代ぐらいですね。
そこからグラフィックデザイナーとして活躍するんですけれども、
1960年代にアンディ・ウォーホルの作品を触れたときに、
デザイナーの活動の中によりアートの可能性を感じるという感じで、
自分はすごく横尾忠則さんに近いのかなというふうに思いました。
色使いがすごくカラフルなところも、横尾さんもデザイナー出身ですし、
その後年、画家として、画家宣言みたいなこともしていたのは横尾忠則さんはそんな感じでしたけれども、
田名網さんもデザイナー出身でアートに注力していくという感じなんですけれども、
二人ともやっぱり似てるなというのは、
とにかく手を動かして作品をずっと作り続けるという感じですね。
田名網さんに関しては、横尾さんとは違って、
画家ではなくて、平面のペインティングのほかに立体物もたくさんあって、
それは本当に見ていて楽しかったですね。
それから、後、ご本人が漫画がすごく好きだったということで、
赤塚不二夫さんは本当にご本人の中ですごく大きな存在だったようで、
赤塚さんが亡くなった後に、赤塚さんの作品をモチーフにした作品を作っていて、
その辺もすごく面白かったです。
赤塚さんの作品がすごくアバンギャルドな感じになっていて、
すごくトリッピーな感じになっているという感じですね。
というのが、田名網敬一さんの作品で、
行ってみるとすごく立体物もあり、ペインティングもあり、たくさん展示があるし、カラフルだったし、
ちょっとわりとエログロナンセンスの刺激的な感じもあるので、
誰が行っても結構楽しめるのではないかなと思います。
開発好明展の参加型アート
あとは開発好明さんの展示も行きました。
これは高橋龍太郎コレクションと同じ東京都現代美術館で今やっています。
開発好明さんも僕は全然知らなかったんですけれども、
1993年に多摩美術大学大学院を修了。
参加型アートをたくさんやっていらっしゃる方のような感じですね。
開発好明さんの展示は、行ってみると参加者用に
参加キットみたいなものを袋を配られて、
袋の中には美術展の中で訪れた人が参加できるためのグッズが何点か入っている。
どんなものが入っているかというと、
例えばまず最初にミッションのお札みたいなのがあって、
そのミッションのお札をめくると裏に「美術展でこれをやってください」というミッションがあります。
美術展のどこでやっても構いません。
どのタイミングでも構いませんみたいなことが書いてあります。
自分のミッションは何かというと、
「美術展のどこかでケンケンパーしてジャンプしてください」みたいなことが書いてありました。
私はそれを見た瞬間にすぐにやりました。
多分いろんなミッションをやっている人がいるんだろうから、
別に見られても恥ずかしくないかなと思ってやりました。
あとは郵便局だとか銀行みたいなところがあって、
これは展示の中で郵便局と銀行ということなんですけど、
郵便局には何があったかというと、
はがきサイズの画用紙が置いてあって、
そこに1年後に自分に届くはがきを書いてください。
実際にそれは自分の住所を書いて、自分へのメッセージを書くと、
自分の住所に後で送られるという仕組みになっているんだと思うんですけど、
多分1年後、忘れた頃ぐらいにそういえばというふうに届くんだと思います。
そんな感じでいろんな参加をするタイプの展示でした。
高橋豊太郎コレクテンとか忠実啓示展みたいな、
どぎつい作品がいっぱいあるという感じではなく、
どちらかというとまた別の参加型の美術展だったので、
これはこれでまた面白かったかなというふうに思います。
これ3回目の録音なんですけど、今度こそちゃんと撮れているといいなと思います。
終わります。
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